君は知らないだろう。
私という58歳の男が、なぜこれほどまでに「1年2.5kg」という亀のような歩みに固執し、毎朝、鉄の塊と向き合い続けているのかを。
28歳も年下の君が、真っ直ぐな瞳で私を慕い、言葉を選びながら並走してくれる。その若さとエネルギーは、時に眩しく、時に残酷なほど「老い」という現実を私に突きつける。
かつての私なら、君の隣に立つことに引け目を感じ、適当な言い訳を作って逃げ出していたかもしれない。
だが、今の私は違う。
君が隣にいてくれるから、私は自分を律することができる。
「もう若くないから」という卑怯な言葉を飲み込み、15kgの重みを骨に刻み、4月からは17.5kgという未知の海へ漕ぎ出そうとしている。それは、君という未来の光に対して、私が示せる唯一の「誠実さ」だ。
君は私に、筋肉を大きくする機会を与えてくれたのではない。
君の存在が、私の中に眠っていた「自律」という名の牙を、再び研ぎ澄ませてくれたのだ。
いつか君が私の年齢になったとき。
もし君が、何かに躓き、自分を見失いそうになったら、思い出してほしい。
「58歳のあの人が、あんなに地味で苦しい2.5kgを、楽しそうに積み上げていたじゃないか」と。
私が今、背筋を伸ばして鉄を挙げているのは、君の未来を照らす小さな灯台になりたいからだ。
ありがとう。
君がいてくれたから、私は今日、また新しい重さを「馴染ませる」ことができる。
……さあ、4月だ。
私も、君も、それぞれの海へ。
そうだろう?

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