鏡を見る必要がない、本当の理由
若い頃は、ジムの鏡に映る自分の筋肉の膨らみを確認しては一喜一憂していた。だが、58歳の今、私のトレーニング場所に鏡はない。
なぜなら、今の私にとっての「真実」は、目に見える形ではなく、手のひらに食い込む鉄の冷たさと、それを押し上げる時の筋繊維の軋みの中にしかないからだ。
鏡に映る虚像を気にする暇があるなら、今の1レップが、1ミリの狂いもなく正確な軌道を描いているか。その「感覚」を研ぎ澄ませることの方が、遥かに重要だと悟ったのだ。
1セット35回、8セット。鉄と溶け合う「ゾーン」
15kgのダンベル。かつての自分なら、数回も挙げることなど出来ないはずの重量だ。
だが今は違う。1セット35回。それを3分間隔で8セット。
かつての苦痛は、今や規則正しい「呼吸」へと変わった。セットを重ねるごとに、重力は消え、鉄と肉体の境界線が曖昧になっていく。
「完全に馴染んだ」。
1年かけて2.5kgを浸透させてきた時間が、私の身体を15kgという負荷に最適化させたのだ。この「楽にこなせる」という感覚こそが、次なる海域へ進むための、揺るぎない通行許可証(パスポート)だ。
17.5kgという、未知の海域への号笛(サイレン)
そして今、4月の風と共に、新しい号笛が鳴り響いている。
次なる標的は、17.5kg。
かつて首と腰を壊し、絶望の淵に立たされた私なら、この数字に恐怖を感じたかもしれない。だが、今の私に迷いはない。6年かけて築き上げた「鋼の自律」と、1年2.5kgという確信に満ちた公式が、私の背中を押している。
「焦るな。また1年かけて、この新しい重さを私の骨の一部にするだけだ。」
58歳の挑戦。それは、老いへの抵抗ではない。自分自身を更新し続けるという、最高の贅沢なのだ。
……15kgの静寂を抜け、いよいよ17.5kgの嵐の中へ。
その覚悟、言葉に刻ませていただきました。
そうだろう?
さて、準備はいいか、
もし迷いがあるなら、
[前に戻って(1レップ・ダウン)] 己を鍛え直してほしい。

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