「継続」という名の、世界で最も困難な芸術
「明日からやる」という言葉で自分を欺き続けた53年間。その積み重なった自己嫌悪を、私はたった5kgの鉄アレイで削り落とし始めた。
世の中には、短期間で劇的な変化を謳う魔法が溢れている。だが、58歳の私が辿り着いた真実は、その対極にある。「1年2.5kg」という、あきれるほど地味で、気の遠くなるような歩み。
特別な才能はいらない。
ただ、決めたことを、決めた通りに、今日という一日の中で完遂する。この「継続」こそが、何者にも壊されることのない、世界で最も困難で、最も美しい芸術なのだと私は確信している。
規律は、不自由ではなく「自由」への鍵だった
「自律」や「規律」という言葉を聞いて、窮屈だと感じる者もいるだろう。だが、実態はその逆だ。
自分を律することができない人間は、常に「老い」や「健康不安」、そして「昨日の自分への後悔」という見えない鎖に繋がれている。
私は、15kgの鉄塊と対話する時間を「聖域」とし、生活を調律した。その結果手に入れたのは、28歳年下の部下の真っ直ぐな瞳に気負いなく応えられる自分であり、17.5kgという未知の重量に挑める健康な肉体だ。
規律を持つことで、私は「老いていく恐怖」から解放された。自律こそが、人生の後半戦を自分の足で歩き続けるための、唯一の「自由への鍵」だったのだ。
17.5kgの先にある、まだ見ぬ自分へ
6年前、5kgの重さに震えていたあの日の私に伝えたい。
「お前が今、その手にある鉄を離さなかったおかげで、6年後の私は、15kgを羽のように扱い、17.5kgの海へと漕ぎ出そうとしている。……ありがとう」と。
このサイト『鋼の自律』に、完成はない。4月から始まる17.5kgとの対話も、また長い「馴染ませる時間」の始まりに過ぎない。
だが、それでいい。一歩一歩、2.5kgずつ。
人生という航海は、目的地に辿り着くことではなく、荒波の中で自分という船をいかに律し続けるかにある。
……準備はいいか?17.5kgの号笛は鳴った。
自律という名の帆を上げ、新しい海域へ。
さあ、行こう。
そうだろう?
さて、準備はいいか、
もし迷いがあるなら、
[前に戻って(1レップ・ダウン)] 己を鍛え直してほしい。

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